以下に掲載するのは、私がクラブ草創期の1986年7月にテクニカルインフォメーションとして、LOTUS
WORLD 82年7月号から採り、翻訳、配布した技術資料です。今現在、読み返してみても内容的に価値あるものと思われましたので、再び取り上げたいと思います。 |
テクニカルインフォメーション(1986年7月4日) 今回、テクニカルインフォメーションとして取り上げるのは、エンジンについてです。出典はロータスワールド1982年7月号です。この記事を書いているトニーラッド氏は、ロータスカーズの設計部長で、1969年にロータス社に入社する前の1938年から1951年までロールスロイス社で12台以上にのぼる航空機エンジンの設計、開発を行い、その後V12やH16グランプリエンジンの設計、開発にも携わったきた経験豊富なエンジニアです。 |
慣らし運転の重要性 − トニーラッド − |
高性能、精密許容差のオールアルミエンジンにおいては、慣らし運転は極めて大切で、これをきちんと行うか否かによってエンジンの性能は大きく変わってくる。以下に述べる内容はメカに詳しいオーナにとっても、またそうでないオーナにとっても等しく興味あるものと信ずる。 歴史的に言うと、キャストメタルを手で仕上げし、切削シリンダに精密な円筒形ピストンを使用していた時代には長期間の慣らし運転を行う必要があった。高級車の場合には、慣らし運転の途中でエンジンを降ろし、ハイスポットと局部応力部分を手で取り除いていた。 潤滑油の質の向上は言うまでもなく、鉛でフラッシュメッキしたシェルメタル、プロファイルピストン、テーパピストン、またダイヤモンド切削などの仕上げ技術の向上、それにピストンの錫メッキや燐酸による耐スカッフィング処理等の技術の発達により昔からの慣らし運転の必要はなくなった。ロータス社ではピストンリング試験を行っているが、この試験では全く新しいエンジンを2000回転で10分間運転して暖機してから、次に最大出力運転を行っている。どのピストンリングもこの試験をパスしなければならないが、エンジンの寿命は当然短くなり、性能も損なわれる。 後の項で「暖機運転」のことに触れるが、これも慣らし運転と同様にエンジンの寿命や性能にとって非常に大切なものである。例えば、膨大な数の開発を行ってやっとシリンダの表面の粗さをコントロールできる装置を開発することができた訳であるが、この表面の粗さの程度が実は非常に重要なポイントなのである。つまり表面を鏡面仕上げしてしまうと、オイルがボアの表面に保持されなくなりオイル消費が過大となったり、ブローバイガスが多く発生してしまうことになる。この粗さとは、ホーニングマシンの仕上げストロークの角度やピッチまでをも制御することにより得られる特性であるが、エンジンの寿命に達するまで維持しなければならないものである(このことはミッションやデフのギヤにも当てはまる)。鋳鉄ブロックにアルミニウムピストンを使用している場合の、作動温度におけるピストンのプロファイルやクリアランスは、今日ではコンピュータによって決めることが出来、長時間の試験により確認することができる。しかし、ピストンにアルミニウムを使用している訳は、アルミニウムが鉄鋼に比べて高い熱伝導率を有しているためである。従って、エンジンを冷えている状態から始動して、一定温度に達するまでは、アルミニウムピストンはシリンダボアよりも急速に熱膨張するためクリアランスは減少し、非常に危険な状態になっている。 エンジンの出力や寿命を最大限に維持しながらオイル消費を最小に抑えるには、このクリアランスを最小に維持する必要がある。もし暖機運転をしないような人のためにクリアランスを設定したとすると、前述の3つの要素はことごとく悪化してしまう。暖機運転をしない場合に明らかなように、エンジンに対する配慮を怠ると、慎重に設定されたシリンダ内面の粗さも次第に変化してしまい、オイル消費が過大となり、エンジンノイズも大きくなりパワーダウンしてしまう結果となる。同様のことは、エンジンばかりでなく、トランスミッションについても言え、どんな良質のオイルでも通常の動作温度近くに達する前はその性能を充分に発揮することができない。 暖機運転 理想的には、暖機運転はあまり負荷を掛けない状態で短時間に行うべきである。また、あまりにも長い間アイドリングで暖機を行うことはよくない。もっとも、冷えている時にアクセルを煽ってエンジンに負荷を掛けることに比べたらずっとましではあるが。エンジンが冷えている時に始動すると、マフラから白い蒸気が出ることでも分かるが、冷えているシリンダ内での燃焼時には腐食性の酸が発生する。暖機運転を行う最も良い方法は、チョークの使用を最小限にし、加速ポンプを3回使用することである(ストロークを短くしかもゆっくりと)。エンジンを始動したら、およそ一分間1250〜1500 rpmに保ち、その間油圧、アンペア計をチェックし、シートベルトを締める。そしてゆっくりと発進してロー、セカンドで2000 rpm、サード、トップではもう少し上げてもよいが、水温が55℃になるまでは2000 rpmを維持するようにする。オーバドライブの5速は、エンジンが通常の動作温度に達するまでは決して使用してはならない。サーモスタットやヒータがあるために、エンジンの温度上昇の様子は即座には温度計には現れないことにも注意する。 エンジン始動後、油圧計の針が下がりはじめ、マフラからの白い蒸気の出る量が少なくなったら、2500rpmまで使用してもよい。 水温計が75℃を示し、エンジンとトランスミッションが暖かくなったら、5速を使用してもよい(ただし充分に慣らしが済んでいると仮定して)。発生する熱はエンジンパワーの一要素であるから、ハードに運転してエンジンからさらに大きなパワーを引き出さないかぎり、冷却系の温度は上昇しない。 このように述べてくると、エンジン始動手順は煩雑なように思えるが、最初の一分間と、2500rpmまでの暖機にもう2分かかるだけである。いづれにしてもギヤが全部暖まり、通常の動作温度になるのに必要な時間は8分程度である。暖機運転は車に乗るたびに行うべきものであるから、やがてこれが本能的、自動的にやれるようになればしめたものである。暖機運転を正しく行えば、燃費が良くなるのは勿論のこと、エンジンの有効寿命も25%伸びる。因みに冷えている時にチョークを使用すると燃料を3倍消費し、またコールドスタート時の最初の5キロ程の間の燃費は2倍に悪化する。 表面処理 エスプリ等の現代の精密エンジン、トランスミッション、ディファレンシャル等の慣らし運転は、4、50年前とは随分異なる。現代の正確な機械加工や表面処理技術の発達、それにベンチテストやロードテストをメーカで行うようになったため、慣らし運転の後半の段階である、中速度・中負荷からフルスピード・フルロードまでの慣らし運転の段階が不要になったことが最大の違いである。ここで、表面の粗さをコントロールしたブロックに、メッキ処理した、クリアランスの狭いピストンを使用している例を再び取り上げる。研究によると軟アルミニウムには、微小のダイヤモンド状の粒子が含まれている(ただし、この粒子により表面が傷つくことはない)。これら硬い粒子は、切削時にできるギザギザな山などのようなものではなく(現代の技術では山・ピークができることはない)、通常の錫メッキの保護フィルムで覆われている。硬い粒子は、負荷や熱が徐々に加わった時には、周囲のより柔らかい部分に押しやられるため、シリンダに傷を付けることはない。もしエンジンを掛けてすぐ回転を上げるなどして熱の加え方が急であると、表面に傷が付き、二種の金属間の相互作用により、表面が鏡面となり、油膜を形成しづらくなり、従ってオイル消費が増大し、またシリンダの磨耗が早く進み、ピストンから異音が生ずることになってしまう。 振動 同様のことが、クラウンホイールやピニオンの歯車にも当てはまる。これらのギヤはハイポイドギヤのため、転がりながら横にスライドしている。このためオイルを保持している鋳物面のギヤには荷重を徐々にかけてやる必要がある。こうすれば局部的なオーバヒートは発生しない。もしこの手順を無視すると、ファイナルギヤから異音がしたり、またこれを続けると局部的なオーバヒートが発生して、ギヤオイルの性能が低下してしまい、完全な破損にまでは至らないが、ファイナルギヤを新品と交換しなくてはならないことになる。負荷が掛かりすぎると、極端な場合は大きなノイズが発生して、耐えられないほどの振動が発生する。 いづれにしても慣らし運転は、静かな振動の無いドライブを楽しみながら、最高の性能と経済性を両立させるためには絶対必要である。ここで考慮すべき重要な状態が二つある。ピストンのシリンダボアに対する側面圧などの界面圧、歯車同士の歯面圧、および単純なベアリング荷重である。これら荷重は、すべてアクセルペダルによりコントロールすることができるが、摩擦速度よりも重要である。つまり、この速度とはピストンがボアを上下に動く時の速度であり、またはシャフトがベアリングの回りをこする時の速度である(これが第二の状態)。4000rpmの時、アクセルを4分の1開くと110km/h程の速度になる。この時の界面圧はその最大時の30%に過ぎないが、摩擦速度は最大時の60%である。2000rpmの時に、アクセルを全開にすると、大したパワーは出ないが、界面圧はその最大時の60%に達する(摩擦速度は最大時の30%以下)。新しいエンジンやトランスミッションにこういうことを行うと、その持てる力を充分発揮できなくなるばかりか、寿命を著しく縮めることになる。 ロータスカーズとしては以下のような慣らし運転を推奨する。 最初の800km以内はどのギヤ位置でも3000rmpを超えてはならず、またアクセル開度は4速で3000rpmの時以上に開けないこと。その後、400kmごとに500rpmの割合でアクセル開度と回転を上げていく。つまり1600kmになったら4000rpm、2400kmで5000rpm、3200kmで6000rpmをそれぞれ使用することができる。その後は事情さえ許せばフルスロットル最高回転を使用することもできる。回転数とアクセル開度は、徐々にそしてゆっくりと上げていくことを決して忘れてはならない。 |
訳・文責:加藤登志夫 |