その朝、4:30AMに時計が鳴った。
3時間くらいは寝ただろうか。目覚めはそれほど悪くない。
傍らで、女房と息子の寝息が聞こえる。
忍足で部屋を出て、身支度を整え、お茶を一杯。
ツーリングの朝は、家を出る前に、必ず仏壇に手を合わせる。
『旅先での安全と留守中の家族の安全』をご先祖様にお祈りして、ガレージに向かう。
犬小屋を見ると、愛犬マーキス号が、オスワリをして待っていた。
クーンクーンと鼻を鳴らす彼には、もう分かっている。
ご主人様が『ヨーロッパでお出かけ』のときは、明日まで帰って来ないことを。
シャッターを開け、アストラを移動させてから、ヨーロッパのエンジンに火を入れる。
特別緊張するわけではない、いつもの慣れた手順。
ただ、夜明け前のこの時間は、ご近所への配慮も大切。
すべての動作は、息を潜め淡々と、所謂『マニュアル通り』に行われる。
ガレージの明かりを消し、再びヨーロッパに乗り込むと、時計はすでに5:30AM。
のんびりしてはいられない。
海老名までの3時間は、混雑の予想がつきにくい。
さりとて、幹事として決して遅れるわけにはいかない。
メーターをチェック。ペダルの感触もOK。荷物も積んだ。忘れ物も無し。
『さてぼちぼち行きますか。』
暖機前の渋いシフトを1速に入れ、そっとクラッチを繋ぐ。
軽いエクゾーストノートの中で、マーキスの泣き声が遠ざかっていく。
『あいつ、明日まで鳴いているんじゃないだろうなぁ。』
走り始めて30分程の間は、実に不思議な時間だ。
『五感に伝わる一種の違和感。』
この感覚は、初めてこの車に乗ったときの『あの興奮』にもつながる。
『性能的にエクセレント』と言うことではない。むしろその反対。
油温の上がりきらないエンジンは、『未だ解禁前』であることを右足に訴えている。
下手に踏み込むと、油圧が上がりすぎて、オイル漏れを起こしそう。
トランスミッションは、オイルの硬さを左手に感じ、素早いシフトなど望めない。
まだ目を覚ましていないサスペンションは、路面のうねりを直接クルマ全体に伝える。
普段は当たり前のように乗り越えている段差も、できることなら避けて通りたい。
おまけにタイヤのエアが甘かったせいか、フラットスポットができたらしい。
回転に併せてポコポコ妙な音がする。
デイリーユースの乗用車とのギャップは、年を追う毎に開いて行くばかり。
しかし、見方を変えれば、趣味性、非日常性は時の流れとともに確実に昇華している。
それは、まるで『異次元空間のような奇妙な感覚』を醸し出しているかのようでもある。
手に入れて18年。毎回この『不思議な喜び』を与えてくれるロータスヨーロッパ。
『んっ。待てよ。という事は、女房と結婚してもう19年経ったという事か。』
『何度乗っても新鮮に感じられる? 不思議な喜び? 趣味性? 非日常性?』
『女房とは、あまり変ったことをしているつもりはないけれど。』
『乗るのはどっちだ? やっぱり男の方か。でも待てよ。フムフム。』
と、言うわけで、時には『哲学的ドライビング』も楽しめたりして。
ロータスヨーロッパは、なんともミステリアスなクルマである。